スタッフ紹介

自分が自分らしく、看護師として働くために

嵩元和希(看護師)  年入職

嵩元和希

子供の頃、家族が病気がちでお見舞いに行く機会が多く、その時に看護師さんの立ち振る舞いを見て、私も人の役に立つ仕事がしたいと思ったことが看護師になりたいと思ったきっかけでした。高校を出てすぐに共和病院に入職し、はたらきながら准看護学校に2年間、看護学校進学コースに3年間通って看護師になりました。仕事と学業の両立はハードで、厳しい指導も受けましたが、先輩のように患者さんに適切な対応ができる看護師になりたいという想いが強く、がむしゃらに頑張ったように記憶しています。

進学コースの3年実習中に共和病院を退職し、看護師になってから、いわゆる名のある大病院に転職しました。外の世界を体験することで看護師としてもっと成長したいという想いがありました。外の世界に出て感じたことは、大病院でも気後れすることなく、共和病院で基礎として身に着けたことをちゃんと生かすことができたこと、技術的なことも看護観に係ることも自分のベースにできていたということがあります。急性期の大病院でキャリアを積む日々は、「ありがとう」と言っていただけることは稀でむしろつらいこと、患者さんの死に向き合うこと、思い通りにいかないことがたくさんありました。そんな中でも同僚や先輩からすごく刺激を受けたし、自分を動かしている理由、「役に立ちたい」という想いを持って看護に取り組んだ日々はやりがいもあり、貴重な経験になりました。

急性期の看護を3年半程経験し、正直言って体力的に疲れてしまったこともあって退職し、しばらくは派遣で訪問看護等に従事しました。それまでは、「こうじゃなくては」と理想の型に自分をはめ込もうとして気負いすぎてきたのですが、そんな自分を客観的に見つめなおす良い機会になりました。

その後、急性期とは反対に重度の寝たきり患者様の病棟勤務も経験しましたが、そこでは患者様のご様子からいかに多くを読み取るかを学ぶことができました。

いろんな職場でさまざまな病態の患者様の看護を経験して、自分が自分らしく看護師として働くことができる職場として振り返った時に、共和病院に戻りたいと思いました。外の職場を経験したからこそ、共和病院で自分が大変大切にされていたということに気づくことができたと思っています。

8年ぶりに共和病院に戻って感じたことは設備もずいぶん変わり、すごくきれいになったこと。看護部の体制、研修制度も大手の病院と比べてもそん色のない充実した仕組みがあると感じました。あ、お世辞じゃないですよ。(笑)

先日認知症の勉強会に行かせていただいて、認知症の方が見ている世界と私たちが外から見ている世界が違うということに気付き、それに対してどうアプローチし、どうケアしていくかということが大切であることを学び、刺激を受けました。今はそれをテーマに勉強してみたいということ、そして人の役に立ちたいという初心を忘れず、看護師として、人として成長していきたいです。

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